毎日睡眠時間を記録しているアプリには睡眠導入用の機能がついていて、雨音や環境音、静かな音楽の外に短いストーリーを英語で朗読したものが入っている。目をつぶって力を抜いて、というような導入があり、主人公は「私」。いくつかのパターンがあるが、気持ちの良い場所に行ってとてもリラックスしている描写が続く。実際は畳に敷いた布団の上でモゾモゾと眠れずにいる私は、低く落ち着いた誰ともわからない声に「あなたは明るく誰もいない小島にいるのです」と断定される。そうだったのか。島には私の他に人はいない。朝の浜辺を散歩して、足の裏に清潔な砂と波を感じる。小鳥の囀る木陰の道を通って清潔な小屋に帰り朝食を作って食べる。今日の予定は何もなく、部屋にはレコードプレーヤーと古い本が並んでいる。私はしたいことができる。遠くまで散歩し、カヌーに乗り、干渉してこない店主のいる雑貨店で雑誌と牛乳を買う。私は常に落ち着いていている、と声はいう。そういうならそうなのだろう。1日はゆっくりと続く。昼食を食べ、皿を洗い、午後には浜辺で遠くに船影を見る。カモメにパン屑をやる。声の言う「私」の小島での素晴らしい生活が進んでいくほど、私の眠れていない時間も長引いていく。だんだん不安になる。不安は、実際の私と声の言う「私」どちらのものだろう。私は小島でいつから暮らしているのか。この素晴らしい小島に他には雑貨店の店主以外の人間は誰もいないのだろうか。海の向こうの世界は、今どうなっているのか。そもそもここはどこなのだ。私はなんでこんなところで。しかし声は、島が夕刻になったことだけを伝える。テラスに座ってランプの明かりで本を読む私。空気は澄んでいて、木立の音は優しい。もう充分だ。そのはずだ。私はこんなに気持ちの良い環境で充分リラックスしたはずだ。それでは、こんなに焦ってつぶった瞼に力を入れているのは誰なんだ。そして私はいつこの島から帰れるのだろうか。ああ眠るのがおそろしい。