父が失踪してから、舟が一艘ついてくる。二センチほどの小さな折り紙の青い舟が、いつも果子の視界の右端にいる。
朝のラジオ番組で梅雨明けは来週末あたりになるでしょうと気象予報士が話していた。梅雨入りしてからもうすぐ一ヶ月経ち薄ら寒いが湿気で息が詰まる。
中央線の車内は空調の設定のせいか蒸し暑い。上り電車ではいつも進行方向右側のドアの脇に立つ。高架を走る列車の外には武蔵野台地特有の平たい住宅街が広がっている。果子がなるべく遠くを見るのは、乗り物に酔いやすかった子供の頃からの癖だ。並んだ住宅、緑の多いあたりは公園だろうか。目のピントを遠くに合わせていても舟はずっと見えている。線路沿いの架線たわみに沿って、時折緩く上下しながらするする走る。新宿駅に着くと、舟は航路をホームの白線や階段の手すり、自動改札機のフレームやタイルの目地に移しながら果子の右側を律儀に進む。山手線に乗り換えるとまた架線の上。原宿駅では明治神宮の森に突っ込んだがすぐに出てきた。渋谷駅では、舟は人で埋まったホームの向こう、ピカピカして美しい水滴がついた巨大な缶がプリントされたビールの広告の枠に沿って直角に急降下した。